営業 Manager 中村 研司

もう、どんな状況でもビビらない。厳しい開発現場は、自分のメンタルを鍛えてくれた。

営業 Manager 中村 研司

新潟から、さらなる飛躍を目指して東京へ。

私は以前、新潟のIT関連会社で半エンジニア・半営業みたいな仕事をしていました。転職しようと思った理由は、次のステージに進み、さらにステップアップするためです。IT・インフラに関する現場経験・専門知識もある程度身に付け、自分にも自信がついた。それならば、今度は日本の中心でもある東京で実力を発揮しようと思ったのです。

正直なところ「新潟でここまでやれたから、東京に行ってもやれるだろう」と、甘く見ていたように思います。それから始まる苦難の連続など、まるでイメージしていませんでした。

とにかく、新しいプロジェクトで揉まれる毎日。

ユースリーで担当したプロジェクトは、どれも新潟時代とは比べものにならないほどの厳しい現場でした。1案件目の官公庁のプロジェクトでは、構築フェーズでシステムをシャットダウンさせてしまい、あわや大事故という事態に。事なきを得たものの、チームメンバーに多大な迷惑をかけてしまいました。

2案件目の銀行関係のプロジェクトでは、今まで経験したこともない大規模サーバの構築や、テスト仕様書の作成などを任され、もの凄いプレッシャーの中で作業することに。さらには経験したこともないほどの高稼働になり、体力も限界まで追い込まれました。

3案件目の保険関係のプロジェクトでは、いきなり今までやったことがない運用設計を任され、不慣れな運用系のスクリプトと格闘することに。そんな自分に比べると、プロジェクトのプロパー社員は年下で優秀だったため、かなりの劣等感を味わいました。こんなに長く経験してきたのに、圧倒的に技術が足りない!全然ダメじゃないかと。

失敗・挫折から得たのは、精神的なタフネス。

確かにユースリーで経験した現場は、辛いことの方が多かったです。でも、だからといって、それがムダな経験だとは思っていません。いま思えば、新潟時代の自分なんて、まだまだ甘かった。東京の厳しい現場の一線で揉まれたことで、精神的に鍛えられたと思っています。

新しいことにチャレンジするには、どんな風に仕事を進めたらいいのか?大きなプレッシャーや困難にぶち当たった時、自分の精神をどのようにコントロールするか?そんな仕事の方法論が、自分の中で確立できたように思います。だからもう、どんなシチュエーションに遭遇しても、心がポキっと折れることはありませんね。

これからも、厳しい環境に飛び込んでいく。

現在は技術のポジションから、元々希望していた営業のポジションに移り、新しい仕事に挑戦中です。営業になって、クライアントやエンジニアなど、関わる人の数が一気に増え、見るべきことが増えました。営業のミッションは業績を上げること。そのためには、エンジニアのスキルアップが必要になるし、エンジニアが気持ちよく働ける環境をつくらなければなりません。

その点、まだまだ満足にできているとは言えず、ストレスすら感じている毎日です。でも、今まで新しい環境に飛び込み、揉まれることで新しい自分に出会うことができました。だから営業として、壁にぶち当たることを恐れず、圧し掛かってくるプレッシャーを楽しみたいと思っています。